鯨波宿の集落から西へ16丁余のところにある小川逆川(さかがわ)は、青海川との村境であるばかりでなく、刈羽・頸城の郡境でもあり、寛保元年(1741)以降は白川(後には桑名)・高田両藩領の境でもあって、佐渡から江戸への金の輸送に際しては、柏崎陣屋の役人が、柏崎の町役人とともに出向いて、高田藩及び鉢崎村の役人に引き渡すのが例になっていた。
現在、その場所には「右ハかみがた道」という文字と法師の像を刻んだ道標がある。
(「ふるさと鯨波」より:
鯨波公民館・鯨波地区コミュニティ振興協議会発行)
逆川道標(さかがわのみちしるべ)


