昭和39年、当時の鯨波小学校(現鯨波公民館の所在地)付近の国道8号線付替工事現場で、作業中の中村孝蔵氏らによって、大きな動物の臼歯の咬板6枚と切歯(キバ)2個の化石が発見された。
その後、この化石がナウマンゾウのものであり、当時の地層に埋まった状態のままであることが確認されていたが、昭和61年8月には、16日間にわたり、実人員175人という多数の参加による、本格的な発掘調査が行われた。
その結果は、「柏崎市鯨波におけるナウマンゾウ化石の発掘・研究報告書」という冊子にまとめられ、平成元年に発行されたが、それには次のようなことが記されている。
まず、ナウマンゾウのものと思われる化石は、後期工更新世の最終間氷期に形成されたと見られる安田層のX層から左右の上顎第一大臼歯と多数の骨片が、Z層から左右の切歯、右上顎第一〜第三大臼歯、
咬板片3個、頭骨片1個が、それぞれ出土した。そして、安田層X層のほうは、年令15歳から18歳くらいの若い成獣のものであり、安田層Z層のほうは、肩高250cmぐらいの雄の成獣のものと推定された。
また、熱蛍光法による年代測定が行われた結果、化石の埋まっていた安田Z層は、ほぼ11万年前のものであるという値が得られた。この値は、それまでに知られていた、放射性炭素による年代測定の値(最も古いものでも3万5千年前よりさかのぼらない)を大きく上回るものであった。
このときの発掘調査では、多数の昆虫化石、軟体動物化石、大型植物化石、花粉化石、珪藻化石、噛み跡のあるクルミ化石なども出土し、それらによって、当時の地形・気候や動植物の状態もかなり解明されたが、人間生活との関連については、全く資料が得られなかった。
なお、この発掘調査は、新聞やテレビでも紹介され、期間中の見学者は990人にのぼった。現地見学会と地元報告会は、それぞれ1回ずつ開催され、前者には270人、後者には210人の参加者があった。いずれも、地域内外住民の、この問題に寄せる関心の深さを物語るといえよう。
現在、発掘の跡地は小公園化されているが、その一角に出土個所を示す標識が立てられ、保存が図られている。JR鯨波駅ホームの名所案内板(ガイドマップ)にも、「ナウマンゾウの地」として紹介されている。
(「ふるさと鯨波」より:
鯨波公民館・鯨波地区コミュニティ振興協議会発行)
ナウマンゾウの化石出土地



